緑風渚の引き出し

若干ひねくれた大学生が22年の人生の中で思いついたことを書き残してます。

高尚な悩み

 久しぶりに山田詠美の「ぼくは勉強ができない」を読んだ。中学の担任の先生が勧めていて、高校時代に読んだ青春小説だ。高校生が主人公だが、大学生になってから読んでも面白かった。

 ちょうどこの本を読んでいるとき、平日、全休で朝10時に起き、することもなく、だらだらと過ごしていたので、何かしなくてはと思い、近くにあったこの本を読んだのだ。大学2年生の貴重な時間。することがないわけがないのだが、したいことがわからなくなるときがあるのだ。何もしなくてもいいわけではなく、いずれは働かなければならないため、何をして金を稼ぐか、そのために今できることは、と逆算して考えれば、やるべきことはいくらでも出てくる。でもやらない。何をするべきか悩む。自分はどう生きたいのか悩む。一人こたつに入りながらボーッとしていた。

 そんなとき時田秀美は哲学を垂れる植草に向かって言っていた。「深刻さをもてあましてる」と。たしかにその通りだ。お腹が空いていれば、頭が痛ければ、彼女とセックスしていれば、高尚な悩みなど考えられない。きっと自分も深刻に捉えすぎて高尚出ない悩みを高尚な悩みに仕立て上げているのだろう。高尚な悩みとは、呑気なやつがしているだけなのだと知った。