緑風渚の引き出し

若干ひねくれた大学生が22年の人生の中で思いついたことを書き残してます。

後天的ロリコンの思考回路(持論)

 昨日二次元のロリコンと三次元のロリコンの違いについて書いたが、今日は「後天的に三次元のロリコンになってしまう理由」を考えたことがあるので、書いていこうと思う。

 元々は同学年の女子が好きだったのだが、何らかの原因(女子にいじめられた等)で同年代の女子にトラウマを持つようになったり、同年代の女子に対して自信が持てなくなったりすると、純情・無垢で自分よりも弱い立場にいる幼い少女を愛するのではないか、というものだ。エビデンスはない。完全に主観的自論である。

 なぜこんなことを考えたのかと言えば、自分がロリコンなのではないかと不安に思ったことがあるからである。小さい頃から面倒を見ることは好きで、今でも子供の面倒を見ることは好きなのだが、19にもなるとそろそろ「子供好き」を公言しにくくなる気がする。そして、三次元のロリコンだと誤解されるのは嫌なので、どうやったらロリコンでないことを証明できるだろうか、どうなればロリコンなのか、と考えていたからである。

 少女への性的暴行は本人に一生癒えない傷を付け、少女の親を自責させ苦しめる、非常に悪質な犯罪である。自分は犯罪者扱いされたくないし、これからも子どもたちと関わり、教育分野から少しでも日本を良くしていきたいと考えている。子どもたちは将来の日本を担う世代であり、可能性の塊である。

 そう考えると、自分はロリコンではないし、誤解されたくない。少しでもこのような考えを理解してもらえるとありがたい。